無料Google Sheetsで実践!顧客や店舗の位置情報を分析する距離計算入門
位置情報データをビジネスに活かす距離計算
ビジネスの様々な場面で、顧客や店舗、配送先などの「位置情報」が重要な意味を持つことがあります。例えば、マーケティング担当者であれば、特定の店舗から顧客までの距離を把握することで、効果的な商圏設定やプロモーション施策を検討できます。物流担当者であれば、配送先間の距離を計算し、最適なルート計画を立てることでコスト削減につながります。
しかし、これらの分析を行うためには、緯度経度といった位置情報データから「距離」を正確に計算する必要があります。専門的なGIS(地理情報システム)ツールは高価で導入が難しいと感じている方もいるかもしれません。
この記事では、多くの方が使い慣れている無料ツールであるGoogle Sheetsを使って、位置情報データ間の距離を計算し、その結果を簡単なビジネス分析に活用する方法をご紹介します。高度なGIS分析はできませんが、基本的な距離計算とその応用であれば、追加コストなしで手軽に始めることができます。
なぜGoogle Sheetsで位置情報データを扱うのか
Google Sheetsは、無料でありながら強力な表計算機能を備えており、ビジネスデータの整理や集計に広く利用されています。位置情報データも、緯度と経度という数値データとして扱うことができるため、Sheetsとの相性が良いと言えます。
メリット:
- 無料かつ手軽: 追加のソフトウェアインストールやライセンス費用は不要です。インターネット環境があればすぐに始められます。
- 使い慣れたインターフェース: 多くのビジネスパーソンにとって馴染みのある操作性です。
- 関数が豊富: 距離計算に必要な数学関数が揃っています。
デメリット:
- 大量データの処理性能: 非常に大量の地理情報データを扱う場合、処理が遅くなる可能性があります。
- 高度なGIS機能の限界: 地図上での複雑な空間分析や、専門的な地図作成機能はありません。あくまで数値としての距離計算とその集計・分析が中心となります。
位置情報間の距離計算の基本
地球上の2点間の距離は、単純な平面上の距離とは異なります。地球は球体(厳密には回転楕円体)であるため、緯度と経度から距離を計算するには、球面三角法を用いる必要があります。最も一般的な計算方法の一つに「ハバーサイン(Haversine)の公式」がありますが、ここではGoogle Sheetsの関数で比較的シンプルに記述できる、球面三角法の余弦定理に基づいた距離計算式を利用します。
この計算に必要なデータは、2つの地点の緯度と経度です。データ形式は「度」単位が一般的ですが、計算には「ラジアン」単位に変換する必要があります。これはGoogle Sheetsの RADIANS()
関数を使えば簡単に行えます。
計算式(2点間の角度を求め、地球の半径を掛けて距離とする)
距離 = ACOS(COS(緯度1_rad) * COS(緯度2_rad) * COS(経度2_rad - 経度1_rad) + SIN(緯度1_rad) * SIN(緯度2_rad)) * 地球の半径
ここで、_rad
はラジアン単位であることを示します。地球の半径は、距離をキロメートルで計算したい場合は約6371km、マイルで計算したい場合は約3956マイルを使用します。
Google Sheetsでの具体的な距離計算方法
ここでは、店舗(地点1)と複数の顧客(地点2)の位置情報(緯度・経度)があると仮定し、各顧客が店舗から何キロメートル離れているかを計算する例を考えます。
1. データの準備
Google Sheetsに、店舗の緯度・経度と、分析対象となる顧客リストの緯度・経度を用意します。
| | A | B | C | D | E | |---|--------|--------|---------|---------|---------| | 1 | 地点名 | 緯度 | 経度 | 店舗緯度 | 店舗経度 | | 2 | 顧客A | 35.681 | 139.767 | 35.658 | 139.745 | | 3 | 顧客B | 35.701 | 139.711 | 35.658 | 139.745 | | 4 | 顧客C | 35.631 | 139.791 | 35.658 | 139.745 | | 5 | ... | ... | ... | ... | ... |
上記の例では、地点1(店舗)の緯度経度をE1, E2セルに固定で入力しています。顧客データはA列~D列に入力されているとします。
2. 距離計算関数の入力
距離を計算するための列を新しく作成します(例: F列)。F2セルに以下の関数を入力します。この関数は、顧客A(地点2の緯度: B2、経度: C2)と店舗(地点1の緯度: $D$2、経度: $E$2)の間の距離をキロメートル単位で計算します。
=ACOS(COS(RADIANS(B2))*COS(RADIANS($D$2))*COS(RADIANS(C2)-RADIANS($E$2))+SIN(RADIANS(B2))*SIN(RADIANS($D$2)))*6371
RADIANS()
: 度をラジアンに変換します。COS()
,SIN()
,ACOS()
: 三角関数です。ACOSはアークコサイン(逆余弦)で、コサイン値から角度(ラジアン)を求めます。$D$2
,$E$2
: ドルマーク($
)を付けることで、店舗の緯度経度を参照する際に、後で関数をコピーしてもセル参照が固定されるようにしています(絶対参照)。顧客側の緯度経度(B2, C2)は相対参照のため、コピーすると行番号が変わります。6371
: 地球の平均半径(キロメートル)です。
3. 関数を他の行にコピー
F2セルに関数を入力したら、F2セルの右下にある小さい四角(フィルハンドル)をダブルクリックするか、下方向にドラッグすることで、リストの他の顧客データに対しても同じ計算を適用できます。
| | A | B | C | D | E | F (計算結果) | |---|--------|--------|---------|---------|---------|--------------| | 1 | 地点名 | 緯度 | 経度 | 店舗緯度 | 店舗経度 | 距離 (km) | | 2 | 顧客A | 35.681 | 139.767 | 35.658 | 139.745 | 約2.69 | | 3 | 顧客B | 35.701 | 139.711 | 35.658 | 139.745 | 約5.35 | | 4 | 顧客C | 35.631 | 139.791 | 35.658 | 139.745 | 約3.26 | | 5 | ... | ... | ... | ... | ... | ... |
これで、各顧客が店舗からどのくらいの距離に位置しているかを数値で把握できるようになりました。
計算結果のビジネス応用例
距離計算の結果は、そのまま分析のインプットとして活用できます。
- 商圏分析: 店舗から特定の距離(例: 1km, 5km, 10km圏内)に住む顧客数を集計する。
COUNTIFS()
関数を使って、「距離」列の値が特定の条件(例: "<=1", "<=5")を満たす行数を数えることができます。- 例えば、1km圏内の顧客数を数えるには、
=COUNTIFS(F:F,"<=1")
のような式を使用します。
- 顧客セグメンテーション: 距離によって顧客をグループ分けし、グループごとに異なるマーケティング施策を検討する。例えば、近距離の顧客には来店促進クーポン、遠距離の顧客にはオンライン購入特典を提供するなど。
- 配送・ルート計画の基礎情報: 配送先間の距離リストを作成し、より効率的な配送順序やルートを検討する際の参考にできます。
- 出店候補地の検討: 既存店舗や競合店からの距離を計算し、エリアの競合状況や顧客アクセスのしやすさを評価する材料とすることができます。
よくある疑問や注意点
- 緯度経度データがない場合: 住所データから緯度経度を取得するには、ジオコーディングと呼ばれる処理が必要です。Google Maps PlatformのGeocoding APIなどが利用できますが、無料枠に制限がある場合があります。無料枠で手軽に試すには、GeoLocatorのようなオンラインサービスを利用したり、Google SheetsのアドオンやGoogle Apps Scriptで外部APIを呼び出す方法も検討できますが、API利用規約や制限に注意が必要です。
- 計算精度の限界: 上記の計算式は地球を完全な球体と仮定した簡易計算です。厳密な測地線長(地面に沿った最短距離)とは若干異なる場合があります。ビジネス上の意思決定の参考としては十分な精度であることが多いですが、非常に高い精度が求められる場合は専門ツールやサービスを検討してください。
- 計算負荷: 非常に大量のデータ(数十万行など)に対して距離計算を行う場合、Sheetsの計算に時間がかかったり、シートが重くなったりする可能性があります。その場合は、データを分割するか、Pythonなどの別のツールで計算してからSheetsにインポートすることを検討してください。
結論
Google Sheetsの関数を使うことで、位置情報データ(緯度・経度)から地点間の距離を手軽に計算できることをご紹介しました。この距離データを活用することで、商圏分析、顧客セグメンテーション、店舗戦略など、様々なビジネスシーンでのデータに基づいた意思決定や改善が可能になります。
もちろん、Sheetsだけですべての地理空間分析ができるわけではありません。より高度な分析や地図上での可視化には、Google My Maps(無料)で地点データをプロットしたり、あるいはGISソフトウェアや専用の分析ツールが必要になる場合もあります。
しかし、まずは手元にある位置情報データをGoogle Sheetsに取り込み、この記事で紹介したような基本的な距離計算から始めてみることは、データ活用の第一歩として非常に有効です。無料ツールを活用して、位置情報データに隠されたビジネスチャンスを発見してください。