Google Sheetsで実践!顧客データから売上を増やす基本分析
データに基づいた意思決定は、ビジネスにおいて重要性を増しています。特にマーケティングや営業の分野では、顧客データを分析し、顧客を深く理解することが売上向上や顧客満足度向上に直結します。しかし、高価な分析ツールや専門的な知識がないために、データ分析への一歩を踏み出せずにいる方もいるかもしれません。
この記事では、多くのビジネスパーソンにとって身近なツールである「Google Sheets」(Googleスプレッドシート)を活用し、コストをかけずに顧客データを分析する基本的な手法を紹介します。Google Sheetsは無料で利用でき、インターネット環境があればどこからでもアクセス可能です。特別なソフトウェアのインストールも不要なため、手軽にデータ分析を始めるのに適しています。
この記事を通じて、Google Sheetsを使った顧客データの準備、集計、簡単な分析手法、そしてその結果をどのように業務に活かせるのかを理解し、データに基づいた顧客理解を深めるための一歩を踏み出すことを目指します。
顧客データ分析の重要性
顧客データ分析とは、顧客の属性情報、購買履歴、行動データなどを収集・分析し、顧客のニーズや行動パターン、購買傾向などを明らかにすることです。これにより、以下のようなメリットが得られます。
- ターゲット顧客の明確化: どのような顧客層が自社の製品やサービスを頻繁に利用しているのかを把握できます。
- マーケティング施策の最適化: 顧客セグメントごとに最適なアプローチ(例:特定の顧客層に向けたキャンペーン)を検討できます。
- 顧客ロイヤルティの向上: 顧客の購買サイクルや離反傾向を予測し、適切なタイミングでコミュニケーションをとることで、リピート率を高められます。
- クロスセル・アップセルの機会創出: 顧客の購買履歴から関心のありそうな他の製品やサービスを推奨できます。
これらの取り組みは、結果的に売上向上に貢献します。データに基づかずに感覚や経験だけで施策を決定するよりも、データ分析の結果を参考にすることで、より効果的で効率的な施策実行が可能になります。
なぜGoogle Sheetsを使うのか?
データ分析ツールには様々な種類がありますが、無料または安価に始めたい場合、Google Sheetsは有力な選択肢の一つです。
- 無料: Googleアカウントがあれば誰でも無料で利用できます。
- 手軽さ: ウェブブラウザ上で動作するため、特別なソフトウェアのインストールや設定が不要です。すぐに始められます。
- 高い互換性: Microsoft Excelと操作性や関数が似ており、Excelファイル(.xlsx, .xls)の読み込み・保存も可能です。Excelの利用経験があればスムーズに移行できます。
- 共同編集: チームメンバーと同時に一つのファイルを編集・確認できるため、データ共有や共同での分析作業が容易です。
- 関数の豊富さ: 集計やデータ加工に必要な基本的な関数(SUM, AVERAGE, COUNT, IF, VLOOKUP, SUMIFS, COUNTIFSなど)が豊富に揃っています。
一方で、デメリットとしては、扱えるデータ量に上限があること、大規模なデータに対する処理速度が遅くなる可能性があること、高度な統計分析や複雑なデータモデル構築には向かない点が挙げられます。しかし、中小規模のデータセットであれば、基本的な分析には十分対応できます。
分析準備:顧客データの整形と整理
データ分析を始める前に、対象となる顧客データをGoogle Sheetsに取り込み、分析に適した形に整形・整理する必要があります。以下は基本的なステップです。
- データのインポート: CSVファイルやExcelファイルなど、既存の顧客データをGoogle Sheetsにインポートします。「ファイル」メニューから「インポート」を選択し、ローカルファイルやGoogle Drive上のファイルを選んでアップロードできます。
- ヘッダー行の確認: 1行目が各列の項目名(例:顧客ID, 氏名, 購入日, 購入金額, 商品名など)になっているか確認します。
- データの確認とクリーニング:
- 重複行の削除: 同じ顧客や取引が重複して入力されている場合は削除します。Google Sheetsの「データ」メニューにある「データのクリーンアップ」>「重複を削除」機能が便利です。
- 表記ゆれの統一: 同じ意味なのに異なる文字列で入力されている項目(例:「株式会社」「(株)」、都道府県名の全角/半角など)を統一します。これは手作業や置換機能、関数(例:
SUBSTITUTE
関数)を使って行います。 - 欠損値の確認: 必要なデータが入力されていないセル(欠損値)がないか確認します。欠損値が多い場合は、そのデータを分析に含めるか、どのように扱うか検討が必要です。
- データ型の確認: 日付データが日付形式として認識されているか、金額データが数値形式になっているかなどを確認します。書式設定で調整できます。
このデータクリーニングの工程は、分析結果の精度に大きく影響するため、丁寧に行うことが重要です。
基本分析手法:集計とRFM分析
顧客データの準備ができたら、いよいよ分析に進みます。まずは基本的な集計から始め、顧客理解を深めるためのRFM分析をGoogle Sheetsで行う方法を紹介します。
1. 基本的な集計
特定の条件を満たすデータの合計や個数を計算することで、顧客全体の傾向や特定のグループの特徴を把握できます。ここでは、よく使う関数を紹介します。
SUMIF(範囲, 条件, 合計範囲)
/SUMIFS(合計範囲, 条件範囲1, 条件1, ...)
: 条件に一致するセルの合計を計算します。- 例:特定の商品の合計売上金額、特定の期間の合計売上金額など。
COUNTIF(範囲, 条件)
/COUNTIFS(条件範囲1, 条件1, ...)
: 条件に一致するセルの個数を計算します。- 例:購入者数、特定のプロモーションを利用した顧客数、特定の地域に住む顧客数など。
AVERAGEIF(範囲, 条件, 平均対象範囲)
/AVERAGEIFS(平均対象範囲, 条件範囲1, 条件1, ...)
: 条件に一致するセルの平均を計算します。- 例:特定の商品の平均購入単価、リピーターの平均購入金額など。
例:特定期間の売上合計と購入者数を計算する
例えば、購入日が入った列(D列)、購入金額が入った列(E列)があるとして、2023年中の売上合計と購入者数を計算する場合。
- 売上合計(期間:2023/1/1~2023/12/31):
excel =SUMIFS(E:E, D:D, ">=2023/1/1", D:D, "<=2023/12/31")
SUMIFS
関数は複数の条件を指定できます。ここでは「購入日が2023/1/1以上」かつ「購入日が2023/12/31以下」という条件で購入金額を合計しています。 - 購入者数(期間:2023/1/1~2023/12/31):
購入者数を正確に数えるには、期間内に購入したユニークな顧客IDの数を数える必要があります。これは少し複雑になりますが、
UNIQUE
関数とFILTER
関数を組み合わせる方法があります。excel =COUNT(UNIQUE(FILTER(A:A, D:D>=DATE(2023,1,1), D:D<=DATE(2023,12,31))))
FILTER
関数で指定期間のデータを抽出し、UNIQUE
関数で重複する顧客ID(A列にあると仮定)を除外し、COUNT
関数でその数を数えています。
これらの集計結果から、期間ごとの売上推移や、特定の顧客層の購買行動などを把握する手がかりが得られます。
2. RFM分析
RFM分析は、顧客を以下の3つの指標で評価し、グルーピングする手法です。
- Recency (最終購入日からの経過日数): 最近購入した顧客ほど優良である可能性が高いと考えられます。
- Frequency (購入頻度): 頻繁に購入する顧客ほど優良である可能性が高いと考えられます。
- Monetary (購入金額): 合計購入金額が多い顧客ほど優良である可能性が高いと考えられます。
これらの指標を計算し、それぞれのスコアやランクを付けることで、顧客を「優良顧客」「新規顧客」「離反顧客」などのセグメントに分類できます。
Google SheetsでRFM分析を行う基本的なステップです(顧客ID列A、最終購入日列D、購入金額列Eがあると仮定)。
- Recency (R) の計算:
最終購入日からの経過日数を計算します。現在の「今日」の日付を取得する
TODAY()
関数と、日付間の日数を計算するDATEDIF()
関数を使います。 新しい列(例:F列)に「最終購入日からの経過日数」という列を作成し、以下の数式を入力します。excel =DATEDIF(D2, TODAY(), "D")
この数式をデータの最終行までコピーします。ここでD2
は対象となる顧客の最終購入日が入ったセルです。 - Frequency (F) の計算:
顧客ごとの購入回数を計算します。顧客ID列(A列)に対して、顧客IDが同じ行の数を数える
COUNTIF()
関数を使います。ただし、各顧客IDに対して一度だけ計算する必要があります。事前に顧客IDのユニークリストを作成しておき、そのリストに対してCOUNTIF
を使うか、データ全体に対して計算列を追加します。 例えば、ユニークな顧客IDのリストが別のシートにある場合、VLOOKUPやINDEX/MATCH関数と組み合わせることになりますが、ここでは元のデータシートに新しい列(例:G列)を追加する方法を考えます。各行の顧客ID(A列)に対応する購入回数を計算します。excel =COUNTIF(A:A, A2)
この数式をデータの最終行までコピーします。これにより、同じ顧客IDの行には全て同じ購入回数が表示されます。 -
Monetary (M) の計算: 顧客ごとの合計購入金額を計算します。顧客ID列(A列)を条件に、購入金額列(E列)の合計を計算する
SUMIF()
関数を使います。同様に、各顧客IDに対して一度だけ計算する必要がありますが、Frequencyと同様に各行に追加列(例:H列)として計算することも可能です。excel =SUMIF(A:A, A2, E:E)
この数式をデータの最終行までコピーします。 -
RFMランク付け: 計算したR, F, Mの値に基づいて、顧客をランク付けします。例えば、値をいくつかのグループに分け、それぞれに1~5などのスコアを付与します。スコアの付け方には様々な方法がありますが、ここでは単純に値を降順(Rは昇順)に並べ替えて上位からランクを付与する、あるいは特定の閾値(例:Rが30日以内なら高スコア、Fが10回以上なら高スコアなど)で区切る方法が考えられます。
RANK()
関数やIF()
関数、IFS()
関数などを組み合わせてランク列(例:I, J, K列)を作成します。例:Rのランク付け(値が小さいほど高ランクとする) 例えば、Rの値が小さい方から上位20%をランク5、次の20%をランク4...とする場合。
excel =RANK.EQ(F2, F:F, TRUE)
この関数は、F2セルの値がF列全体の中で何番目に小さいかを返します。この順位を元に、データ全体の行数を考慮してランクを計算する必要があります。より簡単に、IFS
関数で閾値を指定する方法もあります。excel =IFS(F2<=30, 5, F2<=90, 4, F2<=180, 3, F2<=365, 2, TRUE, 1)
これは、「経過日数が30日以下ならランク5、90日以下ならランク4...それ以外はランク1」とする例です。閾値はビジネスに合わせて調整が必要です。 -
RFMセグメントの作成: R, F, Mのランクの組み合わせ(例:Rランク5, Fランク5, Mランク5なら「優良顧客」)によって顧客をセグメントに分類します。
CONCATENATE
関数や&
演算子でランクを結合したり、IFS
関数やSWITCH
関数で特定のランク組み合わせに名前を付けたりします。例:R, F, Mのランク(I, J, K列にあるとする)からセグメント名を付与
excel =IFS(AND(I2=5, J2=5, K2=5), "最優良顧客", AND(I2>=4, J2>=4, K2>=4), "優良顧客", AND(I2=1, J2=1, K2=1), "離反顧客", TRUE, "その他")
これはあくまで簡単な例であり、どのようなランク組み合わせをどのセグメントとするかは、ビジネス目標や顧客分布によって検討が必要です。
RFM分析により、顧客を複数のグループに分類し、それぞれのグループの特性や規模を把握できます。
分析結果の可視化
Google Sheetsのグラフ機能を使えば、分析結果を視覚的に分かりやすく表現できます。集計結果やRFMセグメントごとの特徴をグラフ化することで、傾向や課題を直感的に理解しやすくなります。
- セグメントごとの売上比率: RFMセグメント別の合計売上金額を集計し、円グラフやドーナツグラフで可視化することで、どのセグメントが売上に最も貢献しているか一目で分かります。
- セグメントごとの顧客数: 各セグメントに属する顧客数を棒グラフで示すことで、顧客構造を把握できます。
- RFMスコア分布: R, F, Mそれぞれのスコアの分布をヒストグラムで表示したり、RとF、RとMの関係を散布図で示したりすることで、顧客の購買行動の傾向を掴めます。
- 時系列分析: 月ごとの売上推移、新規顧客獲得数の推移などを折れ線グラフで表示することで、トレンドを把握できます。
グラフ作成の手順(例:RFMセグメント別売上)
- RFMセグメントごとの合計売上金額を
SUMIF
関数などで集計した表を作成します。 - 作成した表を選択します。
- 「挿入」メニューから「グラフ」を選択します。
- グラフエディタが表示されるので、グラフの種類を「円グラフ」などに設定します。
- 必要に応じて、グラフのタイトルや軸ラベルなどを設定し、見やすいグラフを作成します。
可視化は、分析結果を他者に共有したり、次のアクションを検討したりする際に非常に役立ちます。
分析結果を業務に活かす
分析で得られた知見は、具体的な施策に繋げてこそ価値を発揮します。Google Sheetsでの基本分析からどのようなアクションが考えられるか、いくつか例を挙げます。
- 最優良顧客への施策: RFMランクが高い顧客層には、特別なセールや限定イベントへの招待など、ロイヤルティを高めるための施策を検討します。
- 新規顧客への施策: Rランクは高いがF, Mランクが低い顧客層には、リピート購入を促すためのクーポン配布や、商品の使い方を案内するメール配信などを検討します。
- 離反顧客への施策: Rランクが著しく低い顧客層には、お得な情報を改めて提供したり、アンケートで離反理由を尋ねたりするなど、関係性の再構築を目指す施策を検討します。
- 特定のセグメント向けの商品開発/改善: 特定のセグメントで人気が高い商品や、逆に購入されていない商品を把握し、商品ラインナップの見直しや改善に繋げます。
これらの施策を実行した後は、その効果を再度データ分析で測定することが重要です。PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)を回すことで、データに基づいた意思決定の精度を高めていくことができます。
よくある疑問と注意点
- データ量が多い場合は? Google Sheetsで扱えるデータ量には制限があります(最大セル数など)。非常に大量のデータを扱う場合は、Google BigQuery(有料プランあり、無料枠あり)のようなデータウェアハウスや、より高性能な分析ツールを検討する必要があります。ただし、まずは一部のデータや集計済みのデータを使ってGoogle Sheetsで試してみる価値はあります。
- データの精度が低いとどうなる? 分析結果は元データの品質に左右されます。不正確なデータからは誤った結論が導き出される可能性があります。データ入力時のルール徹底や定期的なデータクリーニングが重要です。
- プライバシーへの配慮は? 顧客データを扱う際は、個人情報保護法などの法令遵守が必要です。匿名化や統計情報の利用など、プライバシーに配慮したデータハンドリングを徹底してください。
結論
この記事では、無料ツールであるGoogle Sheetsを活用した顧客データ分析の基本的な流れと手法を紹介しました。データの準備、集計、RFM分析、そして分析結果の可視化と活用例を通じて、コストをかけずに顧客理解を深める第一歩を踏み出せることを示しました。
Google Sheetsは手軽に始められる反面、高度な分析には限界があります。しかし、まずは身近なツールでデータ分析のプロセスを体験し、データからインサイトを得る感覚を掴むことが重要です。
さらに進んだ分析や、より高度な可視化に興味があれば、Google Looker Studioのような無料BIツールを組み合わせて使うことや、Google ColabとPythonを使ったデータ処理・分析に挑戦することも次のステップとして考えられます。
データ分析は、特別な専門家だけのものではありません。身近にある無料ツールを活用し、自身の業務における課題解決や改善にデータ活用を繋げていくことから始めてみましょう。