Google Sheets/Looker Studioで実践!分析結果を伝えるデータストーリーテリング入門
データ分析の目的は、データから知見を得て、ビジネス上の課題解決や意思決定に繋げることにあります。しかし、どんなに高度な分析を行っても、その結果が関係者に正しく伝わらなければ、実際の行動や改善に結びつけることは難しいでしょう。ここで重要になるのが「データストーリーテリング」です。
データストーリーテリングとは、データ分析から得られた知見を、聞き手に理解しやすく、感情に訴えかけ、行動を促すような物語(ストーリー)として伝える技術です。単にデータやグラフを見せるだけでなく、そこから何が分かったのか、なぜそれが重要なのか、そして次に何をすべきなのかを明確に伝えることで、分析結果の価値を最大化できます。
この記事では、特別なツールや高額な費用をかけることなく、無料のGoogle SheetsとGoogle Looker Studio(旧Google Data Studio)を活用して、データストーリーテリングの基本を実践する方法を解説します。これらのツールは、多くのビジネスパーソンにとって身近であり、データ分析の次のステップとして、その結果を効果的に伝えるための強力な味方となります。
データストーリーテリングとは何か?なぜビジネスで重要なのか?
データストーリーテリングは、以下の3つの要素を組み合わせることで成り立ちます。
- データ: 分析対象となる事実や数値。
- ビジュアル: データを分かりやすく表現したグラフや図。
- ナラティブ: データとビジュアルが示す内容を説明する言葉、文脈、そしてメッセージ。
単なるデータ集計や可視化は、上記の「データ」と「ビジュアル」を提供するだけにとどまりがちです。しかし、データストーリーテリングでは、これらに「ナラティブ」を加えることで、「データから何が分かったのか」「それはなぜ起きたのか」「これからどうすべきか」といった、聞き手が最も知りたいメッセージを明確に伝えます。
ビジネスシーン、特にデータ分析初心者や関係部門への報告においては、このナラティブが極めて重要になります。複雑な分析結果も、ストーリーとして構成されることで、専門知識のない人にも理解しやすくなり、共感や納得を得やすくなります。その結果、データに基づいた意思決定や、推奨する行動への合意形成がスムーズに進む可能性が高まります。
無料ツールでデータストーリーテリングを実践する
データストーリーテリングの実践には、必ずしも高機能で高価なツールが必要なわけではありません。Google SheetsやLooker Studioのような無料ツールでも、基本的なデータストーリーテリングの要素を十分に表現することができます。
Google Sheetsの活用
Google Sheetsは、データの整理、集計、簡単な分析、そしてグラフ作成に広く使われる表計算ソフトです。
- メリット:
- 完全無料で使用できる。
- 多くのビジネスパーソンが使い慣れている。
- 簡単なデータ整理や集計、計算が得意。
- 基本的なグラフ作成機能が充実している。
- 作成したグラフや表をシート上に自由に配置し、テキストで説明を加えることで、ストーリーを構成できる。
- デメリット:
- 大量データの扱いに限界がある。
- 表現できるグラフの種類やデザインの自由度には限りがある。
- インタラクティブな要素(操作によって表示が変わるなど)はほぼない。
- レポートとしてのレイアウト調整は手作業で行う必要がある。
Google Looker Studioの活用
Google Looker Studioは、様々なデータソースに接続し、インタラクティブなデータダッシュボードやレポートを作成できる無料のBI(ビジネスインテリジェンス)ツールです。
- メリット:
- 完全無料で使用できる。
- Google Analytics, Google Ads, Google Sheetsなど多様なデータソースに簡単に接続できる。
- 豊富なグラフ種類とカスタマイズオプションがある。
- フィルタや期間設定などのコントロールを追加し、インタラクティブなレポートを作成できる。
- 複数のグラフやテキストを組み合わせて、洗練されたレポートレイアウトを作成できる。
- 簡単に共有できる。
- デメリット:
- データの加工・前処理はGoogle Sheetsなど他のツールで行う方が効率的な場合がある。
- 機能が多いため、慣れるまでに時間がかかる場合がある。
これらの無料ツールを組み合わせることで、データ分析結果を効果的に伝えるための基本的なストーリーテリングが可能になります。Google Sheetsでデータを整理・集計し、必要に応じてLooker Studioに連携して、より視覚的でインタラクティブなレポートを作成する、といった使い分けが考えられます。
具体的なデータストーリーテリングの実践ステップ(無料ツール編)
ここでは、Google SheetsとLooker Studioを例に、データストーリーテリングの基本的なステップを解説します。
ステップ1:ストーリーの「核」を明確にする
- 何が最も重要か? 分析結果から伝えたい最も重要な発見、結論、または提言は何でしょうか?
- なぜそれが重要か? その発見が、ビジネスにとってどのような意味を持つのか、どのような影響があるのかを考えます。
- 聞き手に何をしてもらいたいか? このストーリーを聞いた後、聞き手にどのような行動をとってほしいのか(例: 施策の実行承認、予算の確保、意識の変化など)を明確にします。
この「核」となるメッセージが、ストーリー全体の構成を決定します。
ステップ2:メッセージを伝えるデータを選択する
ステップ1で決めたストーリーの核を裏付け、補強するために必要なデータを選びます。分析で得られた全てのデータを見せる必要はありません。ストーリーに関係のないデータは除外し、メッセージに集中できるデータだけを選択します。
例えば、「特定の施策が売上増加に貢献した」というストーリーであれば、その施策を実施した期間と非実施期間の売上データ、施策に関連する顧客データなどが該当します。
ステップ3:最適なビジュアル(グラフ)を選ぶ
データの種類と伝えたいメッセージに合わせて、最も効果的なグラフを選択します。
- 推移を見せる: 時系列データには折れ線グラフやエリアグラフが適しています。
- 比較を見せる: カテゴリ間の比較には棒グラフ(縦または横)が適しています。全体に対する内訳を見せる場合は円グラフや積み上げ棒グラフも選択肢になります。
- 相関関係を見せる: 2つの数値の関係性を見たい場合は散布図が役立ちます。
- 分布を見せる: データがどのように分布しているかを知りたい場合はヒストグラムが有効です。
Google SheetsやLooker Studioには、これらの基本的なグラフタイプが用意されています。それぞれのグラフがどのようなデータを表現するのに適しているかを理解しておくことが重要です。
ステップ4:ビジュアルを構成し、メッセージを強調する
選んだデータを使ってグラフを作成し、ストーリーが伝わりやすくなるように調整を加えます。
- 分かりやすいタイトルと軸ラベル: グラフのタイトルは、そのグラフが何を示しているかを一目で理解できるように具体的に付けます。「売上」だけでなく「施策A実施期間中の地域別売上推移」のように詳細に記述します。軸ラベルも省略せず、単位なども含めて正確に記述します。
- 重要なポイントの強調: ストーリーの核となる部分(例: 売上が急増した箇所、特定のカテゴリが突出している箇所)に、色を変えたり、注釈(テキストボックスや矢印)を加えたりして目立たせます。
- Google Sheetsでの操作例: グラフエディタで特定のデータポイントの色を変更したり、「挿入」メニューから描画オブジェクト(テキストボックス、矢印など)を追加してグラフ上に配置したりします。
- Looker Studioでの操作例: グラフのスタイル設定で色の変更や、注釈として利用できるテキストボックスや図形を追加します。データ系列のハイライト機能なども活用できます。
- 不要な要素の削減: グリッド線が多すぎる、凡例が邪魔になっているなど、ストーリーの理解を妨げる要素は非表示にするか、シンプルにします。
- 色の使い方: 一貫性のある色使いを心がけ、重要な要素に注意を引く色を使います。色の使いすぎは混乱を招く可能性があります。
ステップ5:ストーリーの流れを作る
複数のグラフやテキスト、表などを組み合わせて、聞き手が自然とメッセージを追えるような流れを作ります。
- 構成の検討: プレゼンテーション資料のように、「問題提起」→「データの提示(現状分析)」→「発見/知見」→「結論/提言」といった流れを意識して要素を配置します。
- テキストの活用: グラフだけでは伝えきれない背景情報、分析の前提条件、データから導き出された解釈、そして最終的な提言などを、テキストボックスや表として加えます。これはナラティブ(物語)を補強する役割を果たします。
- Google Sheetsでの操作例: 複数のグラフをシート上に配置し、それぞれのグラフの横や下に説明テキストを入力します。シートを複数作成し、それぞれのシートをストーリーの章立てのように使うこともできます。
- Looker Studioでの操作例: レポート内に複数のページを作成し、それぞれのページにグラフ、表、テキストボックス、画像などを自由に配置します。ページ送りをすることで、ストーリーの流れを表現できます。コントロール(フィルタなど)を配置することで、聞き手が自身でデータを探索し、理解を深める手助けもできます。
具体的な例:Webサイトの流入経路別CVR低下の分析結果を伝える
- ストーリーの核: 「主要な流入経路であるSEOからのCVRがX月から低下しており、早急な原因特定と対策が必要です。」
- データ: 月ごとの総アクセス数、総CV数、総CVR。月ごとの流入経路別(SEO, 広告, SNSなど)のアクセス数、CV数、CVR。
- ビジュアルと構成:
- 最初のグラフ: 総CVRの月次推移(折れ線グラフ)。全体の傾向を示す。
- 次のグラフ: 主要な流入経路別CVRの月次推移(折れ線グラフ)。ここでSEOのCVRが低下していることが分かるように強調(線の色を変える、注釈を入れる)。
- 補足データ: SEO経路のアクセス数推移(棒グラフなど)。CVR低下はアクセス数減少によるものではないことを示すため。
- テキスト:
- 冒頭に問題提起:「〇〇月以降、WebサイトのCVRに課題が見られます。」
- グラフの説明:「特に、最も貢献度の高いSEO流入におけるCVRが顕著に低下しています(グラフXを参照)。」
- 現状のまとめと示唆:「このCVR低下は、サイト全体の成果に大きく影響しており、原因究明と対策が不可欠です。アクセス数は維持されていることから、サイト内容や導線に問題がある可能性があります。」
- 推奨アクション:「次ステップとして、SEO流入ユーザーの行動分析(離脱率、ページ滞在時間など)を実施し、具体的な改善策を検討することを推奨します。」
- ツールでの表現:
- Google Sheets: 1つのシートにこれらのグラフとテキストを配置。あるいは、シート1で総CVR、シート2で経路別CVRと補足データを表示し、シート3でまとめと提言をテキストで記述。
- Looker Studio: 1ページ目に総CVRグラフと簡単な状況説明。2ページ目に経路別CVRグラフ(SEOを強調)とアクセス数グラフ、具体的な問題提起テキスト。3ページ目に原因の可能性と推奨アクションをテキスト中心で記述。
このように、無料ツールでも、ストーリーの構成要素(データ、ビジュアル、ナラティブ)を意識し、伝えるべきメッセージを中心に情報の配置や表現方法を工夫することで、効果的なデータストーリーテリングが可能になります。
よくある疑問と注意点
- Q: 見た目を綺麗にすることばかりに気を取られてしまいます。どうすれば良いですか?
- A: 見た目の美しさも重要ですが、それ以上に「メッセージの明確さ」「データの正確性」「ストーリーの流れ」が重要です。装飾はあくまでメッセージを強調するため、ストーリーを補強するための手段として捉えましょう。
- Q: データに不都合な部分があっても、隠してしまっても良いですか?
- A: ストーリーテリングは、都合の良い部分だけを切り取る作業ではありません。不都合なデータも正直に示し、それがなぜ起きているのか、どう対処すべきなのかを含めてストーリーに組み込む方が、信頼性を損なわず、建設的な議論に繋がりやすいです。ただし、ストーリーの「核」から大きく外れる詳細データは、補足資料とするなど工夫が必要です。
- Q: 専門用語を使わないようにするのは難しいです。
- A: 必ずしも専門用語をゼロにする必要はありませんが、聞き手が理解できるレベルに合わせることが重要です。どうしても必要な場合は、簡単な補足説明を加えましょう。または、事前に主要な用語リストを共有しておくことも有効です。
- Q: どんなグラフを使えば良いか迷います。
- A: ステップ3で述べたように、伝えたい「関係性」(推移、比較、相関など)からグラフタイプを選ぶのが基本です。迷う場合は、最もシンプルで一般的なグラフ(棒グラフ、折れ線グラフ)から試してみることをお勧めします。
結論:無料ツールでデータ活用の次のステップへ
データ分析の結果をビジネスに活かすためには、分析自体と同じくらい、その結果を「どう伝えるか」が重要です。データストーリーテリングは、この「伝える」能力を高め、分析から行動への橋渡しをするための強力なスキルです。
この記事でご紹介したように、高価な専用ツールを使わなくても、Google SheetsやLooker Studioのような無料ツールを活用することで、データ、ビジュアル、ナラティブを組み合わせた基本的なデータストーリーテリングを実践できます。
まずは身近な業務データを使って、分析結果から最も伝えたいメッセージを見つけ、それを効果的に表現するためのグラフを選び、テキストで補足しながらストーリーを構成してみてください。この練習を重ねることで、あなたのデータ活用スキルはさらに深まり、ビジネス上の課題解決に大きく貢献できるようになるでしょう。
データストーリーテリングは、一度習得すれば様々なシーンで応用できる普遍的なスキルです。ぜひ無料ツールを活用して、データ分析の結果をビジネスの力に変える第一歩を踏み出してください。他の無料ツールを使った分析手法と組み合わせることで、さらに多角的な視点からのストーリー展開も可能になります。